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まずこの写真をご覧ください。きれいでしょう。キャンプは、風景との出会いの旅でもあります。なぜ夕日を見ると意味もなく感動してしまうのか、そんなことを考える瞬間がJCTのキャンプにはあります。 なお断っておきますが、この写真はあくまでイメージです。この伊豆でのキャンプではこのような風景とともにキャンプをしたと思ってください。
9月6日(水) この日の予定では伊豆半島の中央を流れる狩野川のほとりでテントを張ることになっていた。そのため、狩野川沿いをはしる国道136号線をひたすら南下した。キャンプにふさわしい河原が見つからないまま、闇雲に南下していたら海に出た。もうメンバーの心は決まっていた。初日から浜辺でキャンプだ。キャンプに適した浜を探し、早速テントを張った。 太陽はもう沈みかかっていた。そこは今井浜海岸というところだった。暗くなっていく速度と競争するかのように我々はテキパキと鍋に米やジャガイモをぶち込んだ。夕食ができあがったときには、もうとっぷりと日は暮れていた。薄闇の浜辺で、波の音を聞きながら食べる夕食は格別である。 しかしその後、我々の淡い幻想を打ち砕くかのように浜辺でのキャンプは難航を極めた。まず砂がウザイ。テントの中はもちろん、ズボン、パンツ、頭髪、味噌汁、納豆、すべての中に砂が乱入してくる。 「えーいウザイ、あっちさ行ってろ!」 と砂に怒鳴っても、怒鳴る口に砂が入り、噛むとジャリジャリする。我々は砂と友好関係を結んで生きていくしかないことを厳かに悟った。また、海岸は非常に風が強い。風の強い浜辺で、長い髪をたなびかせながら物憂げに流木と戯れる女はサマになるが、我々は「おい、そっち押さえろ、テントが飛ばされる。ギャー、テントカバーがハワイに飛んでいくー!」などと真っ暗の砂浜で騒ぎ立てた。 しかし、メンバーでいやそうな顔をするものは誰もいない。皆ブツブツ言いながらも、なんだか嬉しそうだった。キャンプ中は何でも楽しいのだ。強風との死闘を繰り広げているうちに、刻々と夜は更けていった。 9月7日(木) しかし、やわらかな朝日の浜辺は素晴らしかった。昨夜は「もう海には来るまい。おまえなんか嫌いだ」と思っていたものの、この朝の海は「わたしにも良いところあるのよ」と魅惑的にウィンクしていた。マイッタ。 午前中にメシを作り、壊れたテントの横にゴザを敷き、その上で食べた。メニューは納豆御飯、味噌汁。海の風にたなびく納豆の糸はなんだかじつに趣深い。朝食後、そこをきれいに片付け、その場を後にした。 あとで気がついたが、そこの海岸は県の条例で9月30日までキャンプ、バーベキューが禁止されていた。汚して帰るモラルのない奴が多いからこんなことになるんだ。自然を壊したり、汚して帰ることに対し何にも感じない人はキャンプもバーベキューもする資格はない。 この日の予定はもうなかった。そこで、まず風呂に入ろうということになった。体中にへばりついた砂が気持ち悪かった。山奥の渓谷にある外来入浴可の旅館を見つけ、そこの露天風呂に入った。前日の魔の砂を一粒も残さず落とし、きれいサッパリしたところで、再び次のキャンプ地探しに出発。 今度は西伊豆海岸に出て、海を左に見ながらひたすら北上。キャンプに適した海岸の公園は何か所かあったが、さすが伊豆国立指定公園らしく、すべてキャンプ&バーベキュー禁止となっていた。さらに北上していたら、いつしか夜になった。北上しすぎて、なんと沼津に戻ってきてしまった。 この日は夕食を作る時間がなくなってしまい、まったくの不本意ながら汚いラーメン屋で夕食を済ませた。憲法に三大原則があるように、JCTにも基本的精神がある。このラーメン屋行きは、それ自体あきらかに違反である。しかしこの場合、JCTの大原則である「楽シクヤルベシ」が優勢に立ち、認められることになった。 この日のキャンプ地は沼津の千本浜公園に決まった。そこは海岸沿いにある公園で、特攻服を着た地元走り屋が公園をグルグル周回しており、大変やかましかった。防風松に囲まれた闇のなか、石油ランプを灯して酒盛りをし、前日の寝不足を解消すべく懸命に眠った。ここもキャンプ禁止だったらしい。地元チンピラとの抗争で、殺人事件も起こったことがあるということを、翌朝、公園の掃除に来ていたおじさんに聞かされた。伊豆周辺ではロクなことがない。
そんな意見がメンバーの間にあふれだし、我々は伊豆から脱出することになった。 とりあえず次の行き先はなぜか富士川になった。しかし着いてみると、富士川は我々にとってデカすぎる河であることがわかった。富士川はすぐにボツになった。夕暮れも近づいたころ、やっと素晴らしいポイントを発見した。そこは誰も知らないような小さな川のほとりで、山を背景とした静かで落ち着く場所だった。川には一本の吊り橋がかかり、たまにそこをほっかむりをしてクワを持ったおばあさんが通ったり、カゴを背負ったおじいさんが渡る。場所はヒミツ。「ハダカジマ」がキーワード。 移動にかなりの時間を費やしたため暗くなってからテントを張り、懐中電灯の灯りを頼りに夕食を拵えた。できあがった夕食を食べるときは至福のひとときである。 「俺たちは味噌汁作りの達人だ」 とか、 「この野菜炒めは辛くて最高だ」 などと輝かしい健闘を互いにたたえあい、夕食後に乾杯する。 夜が更けてくると、風が冷たくなってきた。やはり秋の気配があった。その日は背中のゴツゴツした石を気にしながら眠った。それまでのキャンプのなかで、最も落ち着いた夜だった。 9月9日(土) 夕食には焼きそばを作った。火力を強めるために薪に大量の石油をかけたため、やたらと石油臭い焼きそばが完成した。毒を食んでいるような恐怖を起こす焼きそばだった。 キャンプ最後の夜はこれまでの波乱キャンプの疲れが出たのか、静かに更けていった。虫の声がテントの外に溢れていた。 |