2007年6月6日(水)

トピック43 余韻の残し方

 一般的に、文章は明確であるべきとされています。曖昧な表現はなるべく避けて、スパッと言い切る強さや潔さが必要である、という考え方です。
 しかし、「曖昧さ」も、うまく使うと、文章に余韻を残す効果があります。
 これは異性に引かれる心理にも似ていて、すこし謎めいているところがあったほうが、文章も魅力的に映る場合がよくあるのです。

(例文)
 当時、志村進学塾で一緒に講師をしていた仲本くんは、現在、スイスで生活している。私のもとへ十年ぶりに届いた手紙には、家族四人で撮った写真が同封されていた。仲本くんも、二人の娘さんに恵まれて幸せそうだ。
 それにしても、この奥さん、どこかで見たような気がするが、きっと気のせいだろう。そう思いたい……。

 このように謎を残して終わると、読者に、「この奥さんは誰なんだ?」「この奥さんと作者との間に、かつて何か関係があったのだろうか?」などと想像をかき立てることができます。
 ちなみに、例文は私とはまったく関係ありませんよ。(笑)

2007年5月29日(火)

トピック40 文学作品にみる「書き出し」

 エッセイを書く人であれば誰しも、初めの一文をどのように書くかに頭を悩ませたことがあると思います。これぞ正解、というものはありません。今回は参考までに、古典的な文学作品の書き出しを、いくつかピックアップしてみます。

 うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。
夏目漱石『三四郎

 私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。
夏目漱石『こころ

 ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
芥川龍之介『羅生門

 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。
川端康成『伊豆の踊子

 その頃、と言っても大正四五年のことで、いまから四十数年前のことだが、夕方になると、決まって村の子供たちは口々にしろばんば、しろばんばと叫びながら、家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら、夕闇のたてこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮游している白い小さい生きものを追いかけて遊んだ。
井上靖『しろばんば

 こうして古典文学作品の冒頭文をあらためて読んでみると、なんとも味わい深いものがありますね。書き出しの一文に作家の魂が込められているように感じられます。
 エッセイでも、とくに最初の一文は、よく練って書きたいですね。

2007年5月18日(金)

トピック35 好きな物や事について書く

 誰しも、多かれ少なかれ、好き嫌いを持っています。エッセイなど不特定多数の読者に向けて文章を書く際には、読者の好き嫌いを尊重する姿勢が大切だと考えています。
 たとえば、「私は○○○が嫌いだ!」と書けば、○○○のことが好きな読者は気分を害し、反論したくなるものです。
 一方で、「私は○○○が大好きだ!」ということを書いた文章には、作者の愛情が込められており、「私も○○○が大好きだ!」という人が寄ってくるように思います。人は自分の趣味や意見と合う人を味方と判断し、親近感を持つものです。
 また、作者にとって、書いていて楽しくなるのは、自分の大好きな物や事についてです。

(例文)
 私は、ザ・ドリフターズが大好きである。
 
 この一文をこの場に堂々と書けただけで、私は幸せです。
 ラーメンへの偏愛、耳掻きについてのこだわり、応援しているアーティストなど、自分なりの趣味嗜好を、ぜひ大切にしてください。対象物に対する愛情から、名文が生まれます。

トピック34 書くための情報収集

 エッセイ(随筆)には、作者の視点や独自の切り口が必要です。その意味で、エッセイは基本的に主観的な文章であるといえます。
 しかし、文章に説得力を持たせるためには、ある程度の客観性が必要です。客観性があってこそ、作者の主観が生かされます。
 文章に客観性を持たせるためには、いくつかの方法があります。

1.数字データを入れる
2.文献を引用する
3.第三者の意見を入れる
4.歴史的事実を入れる
5.世間の常識を大切にする

 情報源には、新聞、雑誌、書籍、辞書、百科事典、統計データなどがあります。引用の仕方については、あらためて書くことにします。
 書くテーマについて熱い思いを抱いているのであれば、なおさら、少し冷静になって、客観的に書くことをお勧めします。
 しかし、あまりに客観的になってしまっては、文章に面白味がなくなるので、そのへんのバランスをいかに取るかが大切なポイントです。

各種統計データ
統計データ・ポータルサイト

2007年5月7日(月)

トピック27 5W1Hについて

 小学生のころ、作文の基本として5W1Hについて教わったことがあるかと思います。わかりやすい文章を書くには、「いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どのようにして(How)」を押さえることが大切です。この原則は小学生でもわかるほどシンプルですが、新聞記者でも使っています。
 エッセイを書く際にも、この原則はたいへん役に立ちます。しかし、いつ、どこで・・・という順序で書く必要はまったくありません。文章全体の構成は、いくらでも工夫できます。

(例文)
 いかりや先生は教室に入ってくると、いつものダミ声で挨拶した。
「オイッス!」
 昭和六十年、つくば科学万博が開かれ、街にはチェッカーズの曲が流れていた年、私は私立・高木小学校の三年生だった。

 このように、「いつ」を後で書くことで、時代の印象を強めることができます。エッセイの終わりのほうまで、「いつ」や「誰か」ということを謎のままにしておいて、最後に判明させるような文章もおもしろいでしょう。

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